2019年8月20日 / 最終更新日時 : 2019年10月30日 keitokushoin 雑記帳 「敬徳書院」の一年 今書き継いでいる「瀬戸内周遊の旅へ」と題した投稿が、まだ完結していないのだが、途中にこの文章を入れさせていただくことにした。あえてそんなことをしたのは、以下に述べるように、今日という日は私にとって特別な日だからである。 […]
2019年7月20日 / 最終更新日時 : 2021年1月21日 keitokushoin 雑記帳 定年退職後二年目を迎えて(後編) 何ともストレスにまみれた後半の半年であったが、それでも、過度の飲酒に溺れたり、寝付きが悪くなったり、食欲が落ちたりすることがなかったことだけが幸いであった。身体が頑丈だというのではなく、きっとストレスに対する感度が鈍い […]
2019年7月17日 / 最終更新日時 : 2021年1月21日 keitokushoin 雑記帳 定年退職後二年目を迎えて(前編) 新しい理事会が発行する広報誌の第1号には、新たに役職に就かれた方々の就任の挨拶が載るが、それとともに、前年度の関係者も退任の挨拶を書くことになっている。これまで多くの方々は、ごくごく無難な(それ故、もしかしたら誰も読ま […]
2019年6月30日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 安倍政権とどう対峙するのか 昨日、昔の研究会の仲間と会う機会があり、久し振りに飲み食いしながら雑談を交わした。もうみんな年なので健康談議にひとしきり花が咲いたが、それも済んで近況報告となった。正しく言えば、私が皆の近況を尋ねたのではあるが…。その […]
2019年6月4日 / 最終更新日時 : 2021年1月21日 keitokushoin 雑記帳 管理組合の仕事を終えて 先月の5月18日には最後の理事会があり、翌週の25日には総会があった。理事長の任期は、前年度の総会後から今年度の総会までとなっているので、総会を終えればようやく「自由」の身となる。理事長の仕事が大変だということだけでは […]
2019年5月27日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 二つの映画から この短いエッセーは、もともとは「韓国再訪」と題した投稿のイントロとして書いたものである。かながわ総研の事務局長の石井洋二さんから、『研究と資料』(No.213、2019年4月1日)の巻頭言に何か書いてくれと頼まれた際に […]
2019年5月23日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 東日本大震災私記(完) おわりに 浄土ヶ浜から岩手の県央を抜けて盛岡に戻ってみると、夕方の駅ビルは土産物を抱えた多くの客でごった返していた。同じ県内でも雲泥の差である。ここには寂しさは見えなかった。東京駅に降り立ったら、震災の記憶などはもは […]
2019年5月18日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 東日本大震災私記(六) 第5章 再び被災地へ-気仙沼、大船渡、田老- 人間は年を取ってくると、未来ではなく回想に生きるようになり、昔出かけたことのある場所を再び訪れたくなる存在なのかもしれない。古風に表現すると、曾遊(そうゆう)の地を巡ると […]
2019年5月14日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 東日本大震災私記(五) 第4章 被災地へ-岩手、宮城、福島- 岩手県の南西部に位置する北上市には、専修大学の付属高校である専修大学北上高等学校があり、2011年8月にそこで修学支援相談会が開かれた。大学による被災者支援の試みの一つであった。 […]
2019年5月10日 / 最終更新日時 : 2026年10月26日 keitokushoin 雑記帳 東日本大震災私記(四) 第3章 埋もれた記録から-もうひとつの福島とは- 毎年暮れには、福島に住む弟から林檎や凍豆腐(しみどうふ)、あんぽ柿などの田舎の懐かしい食べ物が送られてくる。2011年は放射能の影響のせいかあんぽ柿はなく、そのかわり […]