旅先から戻って
9月ももうすぐ終わろうとしている。このところ台風やら秋雨前線の停滞やらで、雨の日が続いている。今日も雨で窓からは大分涼しい風が流れてくる。涼気と冷気の間のような風である。今月の13日から17日にかけて、社会科学研究所の調査旅行に参加させてもらって松江、奥出雲、それに隠岐の海士(あま)町に出掛けてきた。4泊5日の長旅であった。海外に出掛けるとなれば、移動に時間がかかるので長旅となるのは当然であるが、国内の調査旅行でここまで長い旅は珍しい。そうなったのは、フェリーに乗って島根から60キロほどの沖合にある隠岐まで足を延ばしたからである。
旅に出掛ける前に注意しておいたのは、食べ過ぎ、飲み過ぎと転倒である。いずれもほどほどにしておいたので、特段のことはなかった。今回の調査旅行では、いつものカメラではなくスマホで写真を撮ってみた。この機会にたくさん撮って、撮り慣れてみたいと思っていたからである。落下を防止するためにフィンガーストラップをつけ、途中の電池切れに備えてモバイルバッテリーも持参した。これがとても役に立った。写真を撮るのに熱中すると、どうしても足元への注意がおろそかになる。家人にくぎを刺されていたこともあって、いつも以上に気を付けた。500枚ほど撮ったが、つまずいたりすることはなかった。
旅に出掛けるとなると、あれこれと事前の準備が必要となる。直接の準備は、帰りの航空券の予約や、研究所から送られてきた切符の確認、それに船に乗るので酔い止めの薬も用意した。また、隠岐では相部屋となるので、念のために耳栓も用意した。しかしながら、相方はFさんだったので耳栓の出番はなかった。対応しておかなければならなかったのはそれぐらいだったが、それとは別にあれこれの仕事を片付けておいた。懸案の仕事をなくして清々した気分で旅に出掛けたかったからである。シリーズ「裸木」の終刊号が出来上がったので、それにともなう用事も済ませ、ついでに『月報』の原稿の校正も済ませた。
今回の調査旅行ではさまざまな乗り物に乗った。地下鉄、新幹線、在来線、タクシー、貸し切りバス、路線バス、フェリー、乗用車、飛行機、そして羽田から最寄り駅までの直行バスといった具合である。乗り物好きにはたまらない旅だったかもしれない。心配なのは切符の紛失である。だが、特にまごつくこともなく旅を終えることができた。あちこちにしまい込んでわからなくならないように、大事なものはいつも財布に入れることにしたからである。ポケットに入れておくと落とす心配がある。自分のような年寄りは、大事なものをなくさないようにとしまうのであるが、よくどこにしまったのかを忘れる。困ったものである。
帰宅した夜は旅装を解いて汚れ物を洗濯しただけだったが、翌日は旅の疲れをとるために家でのんびりと過ごした。旅先で入手した資料類を眺めて整理したり、スマホで撮った写真をパソコンに転送したり、大学から提出を義務付けられている報告書を作成するなどの片付け作業を行った。調査旅行に出掛けると必ず旅程をなぞったような旅日記をブログに書いているが、今回もまたそうするつもりである。6回に渡る予定なので、そのタイトルだけ書き出してみた。旅から帰ってからのこうした作業もなかなか愉しいものである。報告書には、メモ代わりに次のような文章を書いた。
初日の13日に松江に到着後、茶室明々庵、松江歴史館、松江城を訪ねて、松江の歴史と文化を知った。14日には出雲たたら刀剣館や絲原記念館でたたら製鉄の歴史を聴き、持続可能な農業の試みを知り、ダイハツメタル出雲工場を訪ねた。15日には隠岐中ノ島の海士(あま)町にフェリーで渡り、町の観光協会や株式会社「海士」の関係者からレクチャーを受けた。16日には島内の産業を視察するということで、丹後農園(みかん栽培)、岩ガキ春香、潮風ファーム(肉牛の肥育)を訪れ、最後に、ハーンPAYの導入を初めとしたⅮ✕(デジタルトランスフォーメーション)関連の取り組みについて町の担当者からレクチャーを受けた。
4泊5日の長い調査旅行であったので、実に多くの興味深い場所を訪ねることができた。大きく区分すれば、訪問先は松江、奥出雲、隠岐ということになるが、それぞれのところで新たな街づくりや町おこしや地域再生の試みにじかに触れることができた。現場に出向いてみなければわからないことも多々あって、大変有意義な調査旅行であった。
ここまで済ませて普段の静かな日常に戻った。その後シルバーウイークの最中に台風が襲ってきて世の中はてんやわんやであったが、その台風も通り過ぎて翌日は快晴の秋晴れとなった。文字通りの台風一過である。気温は30度まで上がって真夏日である。こんないい天気の時に家に籠っているのはもったいないと思って、スマホ片手に散歩に出た。もう歩数を数えることもないぶらぶら歩きなので、「万歩」ならぬ「漫歩」である。格好良く言えばそぞろ歩きか。
花のある美しい玄関の前でスマホをかざしていたら、その家の方から「何か御用ですか」と声を掛けられた。その声のトーンが何やら不審者を問いただすかのようだった。もしかしたら、この私は相手には盗撮老人のように見えていたのかもしれない。「絵になるような気がしたもので」などとしどろもどろになって答えた。それで動揺したためなのか道がわからなくなってしまい、迷子になりかけた。今度は徘徊老人まがいである。これぞまさに「老いるショック」である。

