2026年7月23日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 keitokushoin 旅日記 満蒙開拓団のこと(三)-絶望の逃避行から戦後開拓へ- 1932年に建国した満州国は1945年には崩壊したので、わずか13年しか存在しなかったことになる。満蒙開拓団もまた、この傀儡国家と同じ運命をたどった。精鋭部隊と自画自賛していた関東軍であったが、戦争末期には戦局の悪化に […]
2026年7月13日 / 最終更新日時 : 2026年7月23日 keitokushoin 旅日記 満蒙開拓団のこと(二)-満蒙「開拓」の現実とは- では満蒙開拓団の名称に示されたその「開拓」とは、いったいどのようなものだったのであろうか。その実態を探ってみよう。日本全国から約800の開拓団が満州に渡ったが、その多くは北満の中心都市であったハルビンよりもさらに北の地 […]
2026年7月3日 / 最終更新日時 : 2026年7月23日 keitokushoin 旅日記 満蒙開拓団のこと(一)-虚構の「満州国」と移民の波- 今回からいよいよ本題の満蒙開拓をめぐる話である。 調査旅行の二日目の午後に訪ねた「満蒙開拓平和記念館」の概要については、既にブログで紹介済みなので、ここで改めて触れることはしない。正直に告白すれば、私はこれまで満蒙開拓 […]
2026年6月25日 / 最終更新日時 : 2026年7月23日 keitokushoin 旅日記 早春の南信州紀行(完)-日々茶寮「連」と青魚の句- 大鹿村を離れて次に向かったのは、日日茶寮「連」である。茶寮とは、茶道に根差した和の趣のある飲食施設のことを言うようだから、静かで落ち着いた雰囲気を大事にしている店だと言いたいのであろう。日日は「ひび」ではなく「にちにち […]
2026年6月15日 / 最終更新日時 : 2026年6月18日 keitokushoin 旅日記 早春の南信州紀行(四)-大鹿村からの眺め- 夕暮れ近くに馬籠宿を離れたわれわれは、前日泊まった飯田のホテルに向かった。連泊すると、旅の気分も何やら落ち着いて感じられる。馬籠宿は飯田の西に位置していたが、翌日出掛けたのは今度は飯田の東にある大鹿村である。この村は人 […]
2026年6月4日 / 最終更新日時 : 2026年6月6日 keitokushoin 旅日記 早春の南信州紀行(三)-馬籠宿にて- 天龍峡を散策した後、われわれは次の目的地である「満蒙開拓平和記念館」に向かった。この記念館は阿智村にある。ここの概要についてはすでにブログで紹介済みなので、改めて触れることはしない。今回の調査旅行における私の最大の関心 […]
2026年5月16日 / 最終更新日時 : 2026年5月17日 keitokushoin 旅日記 早春の南信州紀行(一)-千畳敷カールから元善光寺へ- ようやくにして「早春の和歌山・奈良紀行」を書き上げたので、あと残るは「早春の南信州紀行」だけである。時間の経過とともに旅の記憶も薄らいでいくのは必定なので、すぐに取り掛かった方がいいのかもしれないとは思った。しかし、「 […]
2026年4月27日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 keitokushoin 旅日記 早春の和歌山・奈良紀行(四)-伝統工芸の町奈良にて- 最後は奈良の話である。調査旅行の二日目の夕刻、われわれは高野口から奈良に向かった。この日の夜は、奈良駅近くの繁華街にある居酒屋に出掛けた。定年退職後8年にもなる私としては、できることなら同じような老境にある人が、どんな […]
2026年4月20日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 keitokushoin 旅日記 早春の和歌山、奈良紀行(三)ー織物の町高野口にてー 有田の早和果樹園を訪問した後、われわれは次の訪問先である妙中(たえなか)パイル株式会社とその近くにあった高野口パイル資料館を訪ねた。訪問先は、今は橋本市に属している高野口(こうやぐち)にある。高野口というのだから、高野 […]
2026年4月13日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 keitokushoin 旅日記 早春の和歌山、奈良紀行(二)-蜜柑の町有田にて- 調査旅行の一日目は、昼過ぎに新大阪駅で貸し切りバスに乗り、湯浅を巡っただけだったので、比較的ゆとりのあるスケジュールだった。「角長」の裏手には大山堀(だいせんぼり)があり、ここから醤油の原材料を運び込んだり、製品とな […]