終刊号の「あとがき」から

 前回のブログでは、シリーズ「裸木」の終刊号に書いた「はしがき」を紹介したので、どうせなら続けて「あとがき」も紹介しておくことにした。終刊号のあとがきともなれば、本当に最後の最後とも言うべき文章になるので、少しばかり身構えてしまった。しかしよくよく考えてみれば、老後の道楽として始めたものが終わりを迎えるだけなので、身構える必要など何もない。いつものままでいいのであろう。末尾だけ少し格好をつけたような気もしないではないが…。「あとがき」に書いたのは次のような一文である。

 すでに本文中でも触れておいたように、シリーズ「裸木」は10号目となる今号をもって終刊とし、その後は、写真を主とし文章を従としたシリーズ「晩景」を作ってみようと思っている。80歳を目前にしてこれまでのシリーズを終えたのであるから、その後はもはや何もしなくていいような気もしないではなかった。定年後に研究者を廃業したように、これを区切りとして老後の道楽に終止符を打ってもおかしくはなかったからである。しかしながら、年寄りの落ち着きとは縁遠い私のような人間が、果たして何もすることのない日常を悠々自適の日々として受け止める得るのかどうか自問してみたところ、どう考えても無理ではないかと自答するに至った。

 散歩や映画や読書、それに年に2回ほど参加する二つの研究所の調査旅行だけでは、暇な時間を持て余して退屈しそうな気がしたのである。やはり何か面白そうなことをやってみたかった。「小人閑居して不善を為す」という箴言もあるぐらいだから、小人の私にとってとりわけ閑居はよくない。では、私にとって面白いこととはいったい何か。それは作ることである。昔からそうした性癖があったが、それは今になっても続いているような気がする。工作、制作、創作、造作といった漢字に現れるような「作」に、この年になっても興味を持ち続けているとでも言えばいいのか。

 これからは、あれこれの束縛から一切解放されてまったくの気儘な暮らしに向かうことになるので、そうなれば、自由な時間は今まで以上に増えていくに違いない。では、心身ともに衰えが顕著となる老境に入って作れるものとは、いったい何であろうか。無論たいしたものが作れるわけはないことぐらい、今の自分にはよく分かっている。そこに浮かび上がってきたものが、これまでの老後の道楽を生かしつつ写真を主とし文章を従とした写文集のようなものを「作」ることである。

 ブログに雑文を綴ることも文章を作る、すなわち作文ということだろうし、写真を撮ることも、風景を自分なりの視点で切り取ることだから、作景と言っても間違いではなかろう。作文と作景をミックスして写文集のようなものを作るのであれば、これからの自分にも何とか出来そうである。そんな気がしてきた。そこで、写文集のスタイルについても暇に飽かせて思いを巡らしてみた。判型はシリーズ「裸木」と同じだがこれまでよりも薄くし、表紙の色やタイトルについても工夫を凝らしてみるつもりである。こんなことを考えている時間が、思いの外愉しい。

 写真をたくさん入れることにすると費用がかなり膨らみそうな気がしたが、シリーズ「裸木」の制作でこの間お世話になっている先のYさんの話によれば、部数を落とし紙質にそれほど拘らなければ、これまでとほぼ同じような金額でできるだろうとの見立てであった。私の撮る写真などはまったくの素人写真に過ぎない。立派な写真集を作りたいなどと妄想したわけではないので、紙質への拘りなどありようはずもない。身の丈に合ったほどほどのものを、ゆったりとした気分で愉しみながら作ることが出来れば、それで上出来と言うものであろう。
 そんなこんなで、これからは「道楽」の「道」までなくした「楽」だけの世界に遊んでみることにした。果たしてどんなものが出来上がることであろうか。私の気持ちはもうすでにシリーズ「晩景」に向かっている。相変わらず落ち着きのない人間である。何時も自分に言い聞かせていることではあるが、大事なことは、焦らず、慌てず、諦めないことであろう。シリーズ「裸木」は、10号を区切りにするとかなり早い時期から決めていたが、シリーズ「晩景」にはあえて終わりを設けないことにした。

 もっとも、こう書いたからといって、私がいつまでも元気でいる保証など何処にもない。80歳を過ぎれば尚更であろう。だから、何号まで続けられるのかはわからない。元気でいれば、だらだらと結構長く続くかもしれないが、病を得ればあっという間に終わるかもしれない。その意味では、シリーズ「晩景」の終わりが私の人生の終わりと重なるはずである。又吉直樹の『火花』(文春文庫、2017年)には、「生きている限り、バッドエンドはない。僕達はまだ途中だ」とある。年老いた私もまた、人生という夢の途中、人生という旅の途上を彷徨っているのであろうか。