「芸術の秋」雑感(三)-クレイアートと自宅の絵-

 11月に入って、初旬にはクレイアート展に出掛けた。こちらも同じ団地の知り合いである大門啓子さんから、案内のハガキをいただいたからである。この展覧会は、みなとみらい駅の構内にあるギャラリーで開催されていたので、横浜に遊びに出掛けるついでに顔を出してみた。今展覧会と書いたが、実際は「クレイアート花のくに」という教室の発表会のような趣であったので、あまり期待はしていなかった(いかにも生意気な言い草ではあるが-笑)。

 そもそも私はクレイアートなるものをまったく知らなかったので、興味本位で物珍しそうに眺めに行ったのである。クレイアートとは、粘土を使って作品を創作する技法のことで、樹脂粘土を使用してブーケや人形を始めさまざまな作品を作ることが出来るのだという。樹脂粘土は、 柔らかくて軽い材質であり、手にもつかず部屋も汚れないので、手軽に始められるとのこと。絵の具を混ぜて好きな色を作るように、粘土も赤・青・黄・白・黒の基本の色を混ぜ合わせることによって、さまざまな色を生み出せるのだという。

 ギャラリーでは、まず一通りすべての作品を見させてもらった。出来映えには相当の差がある。経験年数にもとづく技量の差も大きいであろうから、違いがあって当然である。そのうえでの感想なのだが、女性という「性」を前面に出した作品にはあまり惹かれなかった。乙女のように可愛らしいもの、ロマンティックなもの、メルヘンの世界を描いたようなもの、あまり抑制のない多色の色使いのものには、制作者の鋭い美意識があまり感じられなかったからである。通俗的な美しさに安易に寄りかかっている所為なのであろうか。

 興味深い作品のすべては、女性性を極力抑制したものであった。そんな作品も何点かあり、それらは芸術品と言っていい程の出来映えであった。ここまでのものとは思っていなかったので、正直かなり驚いた(笑)。細部まで丁寧に作り込まれた作品を見ると、相当の時間とエネルギーが投入されたことが窺われ、それだけでも敬意を表したくなった。そうした優れた作品をカメラに収めてから、受付におられた先生に知り合いの大門さんの作品がどれなのか尋ねてみた。

 そうしたところ、私がカメラに収めた作品の一つが大門さんのものだった。嬉しかったことは言うまでもない(笑)。彼女はいかにも元気印の女性であり、こうした世界でこれほどの技量を発揮している人だとは思ってもいなかった。人は見掛けによらないものである(笑)。ギャラリーでは残念ながら顔を合わせることが出来なかったので、後でメールで感想を伝えておいた。彼女は私と家人が見に来るとは思っていなかったようで、とても感謝された。褒められて嬉しかったのであろう(笑)。そんな素直な性格が皆に好かれる所以なのかもしれない。次回があればまた出掛けてみたいものである。 

 その翌週には、神奈川多摩美同窓会ALTEが主催している「festa2019 ALTE YOKOHAMA 多摩美展」に出掛けた。これは関内駅の側の画廊で開かれていた。去年も見に来たのだが、今回も同じ場所で開催されていた。ここには、家人が以前勤務していた中学校で、美術の教師をされていた河東桃枝さんが出品しており、彼女から毎年案内状が届くので二人して出掛けたという訳である。家人は毎回顔を出しているようだが、私が一緒に出掛けるようになったのは最近のことである。

 展覧会は、名前から容易に推測できるように、神奈川在住の多摩美術大学を卒業された有志が開いているものである。それ故、出品された作品は油絵や日本画だけではなく、キルトや布の切り絵、陶芸作品まであり、多種多彩である。同じ大学の卒業生がこんなふうにして作品を持ち寄るのも、お互いにとってきっと刺激となり励みとなるに違いない。去年見た時に、平山礼子という方の作品が気になったが、彼女は今年もまた出品されており、とても気持ちの良い作品だと思った。

 さて河東さんの絵である。昨年あるいは一昨年の彼女は、花や海外旅行先で目にしたものをモチーフにした作品を出品されていたはずだが、今年は「マイホーム夕景」と題した絵だった。その作品の意図に関しては、次のように書かれていた。「以前から自分の家を描きたいと思っていました。一日の中でもっとも美しく神秘的な夕方の中にうかぶマイホームです」。河東さんの今の心境が、このような絵を描かせたに違いなかろう。老境に入った落ち着きが、こうした絵を生み出した可能性もないとは言えない。

 以前から描きたいと思っていた述べられているだけあって、如何にも懐旧や郷愁や素朴や回帰と行った言葉を連想させる静かで暖かい絵だった。直線で描かれた絵ではなく、僅かに傾いているところもにも制作者の思われざる意図が感じられる。少しばかり不安定なものを抱えた穏やかな団欒とでも言えばいいのか。河東さんの今回の絵は、これまで私が見たものの中で最も優れた作品のように思われた。年齢がこうした絵を描かせるのかもしれないが、これも一つの成熟の形なのだろう。

 何時もであれば会場で河東さんとお会いし、家人はあれこれと話を交わすところだったが、生憎と彼女は別の会場に出掛けていたらしく会うことは出来なかった。展覧会ではいつも制作者の解説を聞くのが大好きな家人なので、キルト作家の方の話に聞き入っていた。私と違ってかなり聞き上手なのであろう(笑)。家人の話では、その後河東さんから丁寧なお礼の電話があったらしい。体調が今一つだとのことだが、これからも元気に絵筆を手にして成熟した絵を描いてもらいたいものである。