「労働再規制」のもたらすもの

 「忘れられない小品から」ということで3回目に取り上げるのは、2008年に書いた「『労働再規制』のもたらすもの」である。この一文も「かながわ総合政策研究センター」が隔月で発行している『研究と資料』の巻頭言として書いたものである。これも私にとってはたいへん印象深い一文である。しかし、書かれたその内容がではない(いつもたいしたものは書いていない-笑)。わざわざ言うまでもないことだろうが…。

 この年の前年つまり2007年の8月まで、私は勤務先の大学で役職に就いていた。そうした仕事が自分に向いているとはとても思えなかったが、やむを得ない事情が重なりそうなったのである。なかなかの激務であったため、自分自身の体調の維持を最優先にして、その間研究に拘わる仕事をすべて断念することにした。やっていたのは、担当していた「労働経済論」の講義とゼミナールの準備のみである。

 その期間が7年にも及んだので、役職から解放されてもすぐに研究者に戻れるかどうか自信がなかった。そんな時に書いた文章なのでいつまでも印象深くまた懐かしく感じるのであろう。まあ言ってみれば、この文章は、再度研究者としての仕事に戻るための足慣らしや準備体操やリハビリのようなものだったのである。以下がその全文である。

 勤務先の大学で、私は「労働経済論」の講義を担当している。毎回の講義では、学生たちに労働の世界をめぐる最新の動きを知ってもらいたいと思い(そしてまた自分自身の研究にも活用したいと思い)、B4用紙の裏表に新聞の記事の切り抜きを貼り付けたものをコピーして配布している。学生による「授業評価」の結果はそれほど芳しいとは言えない私であるが(笑)、このプリントだけは存外に好評である。

 就活時期以外は新聞をほとんど読まない学生たちにとって、予想外に新鮮なものとして映っているのかもしれない。たまに、「プリントで新聞の面白さを知り、最近新聞を読むようになりました」などと殊勝な感想を寄せる学生が現れたりすると、日頃のささやかな苦労も報われたような気になる(笑)。

 今時の若者たちの多くは、政治や経済、社会の動きを新聞ではなくテレビやパソコンで見るようだし、さらにお手軽になると携帯電話でチェックしているだけの者さえいる。こうなると、ニュースはほとんどヘッドラインとさわりだけの「情報」に近づいていき、当然ながらその中身は限りなく薄らいでいく。もしかすると、まわりの風景でも眺めているような感覚なのかもしれない。

 作家の林望は、『リンボウ先生の書斎のある暮らし』(知恵の森文庫、2003年)という本のなかで、新聞とテレビという「二つのメディアの間には、やはり情報量にして何百倍の違いがある」と述べるとともに「ニュースをテレビだけで観ている人には批判が育たないと指摘している。確かにその通りだろうと思う。情報を眺め聞くことと情報を読むことでは、頭の使い方がまるで違うからである。

 批判が育たない日常のなかで、彼らは消費に限定された「私」の世界を肥大化させ、「私たち」の世界としての社会への関心を失っているようにも見える。たとえ「私たち」が意識されるとしても、それは「空気」を読まなければならない場として意識されるにすぎない。そこに生まれる常套句は、「しかたがない」と「がんばる」である。

 あらかじめ先取りされた「諦念」のなかで、新自由主義的な思潮が意識的に培養してきた「自己責任」へと誘導されているのである。そうした現状を打開するためには、自閉した「私」を超えるとともに、場を読むのではなく場を創る「私たち」が自覚されなければならないのだが、そのためには、社会がchangeable(可変的)であることを具体的な事例によって示すことがやはり必要なのだろう。

 上記のような視点からすると、最近の労働者派遣事業法(以下派遣法と略記)の改正をめぐる動向はきわめて興味深い。周知のように、政府は2008年の11月4日に30日以内の「日雇い派遣」の原則禁止(18の専門業務を除く)を柱とした派遣法の改正案を国会に提出した。派遣労働者は登録型(派遣会社に登録しておいて、仕事がある時だけ働いて賃金を得るタイプ)と常用型(派遣会社に雇われており、仕事がない時にも賃金が保障されるタイプ)を合わせて、現在320万人に達している。

 そのうちの7割を占める登録型の派遣労働者は、仕事を失う不安を抱えながら細切れな雇用を繰り返しているだけではなく、社会・労働保険が適用されないためにセーフティネットを著しく欠いていたり、団結権や団体交渉権などの行使が困難な状態におかれており、言ってみれば不安定雇用の典型ともいうべき存在となっている。日雇い派遣はそのうちのわずか1万人程度であると言われており、政府案では登録型の派遣の大半は何の規制も受けることなく温存されることになる。

 派遣という働き方では、使用者は雇用者としての責任を負うことはないので、そうした間接雇用の働き方がむやみに増えれば正社員の雇用を脅かすことになる。そのため1985年の派遣法の制定時には、派遣労働者を活用できる対象業務は、特別な知識や技術が必要であるがゆえに労働者の立場が比較的強いと判断された13業務に限定されていた。

 しかしながら、バブル経済崩壊後あたりから財界からの規制緩和要求が強まり、1996年には対象業務が26業務に拡大され、さらに99年の改正ではそれが原則自由化された。こうした規制緩和の流れのなかで、2004年には製造業への派遣も解禁され、登録型の派遣が急速に拡大していったのである。派遣の受け入れ期間についても規制緩和が進められ、当初は1年という制限付きであったが、現在では先の26業務については制限が撤廃されている。

 それどころか、近年では専門性の低い業務でも26業務の名目で派遣を活用する動きが広まり、「専門性の形骸化」が指摘されてもいる(『朝日新聞』2008年11月14日)。こうなると、政府案がいうところの18の専門業務を除く「日雇い派遣」の原則禁止なるものは、あまりにも微温的な改正にすぎないと言わざるをえない。専門業務に限定されていた派遣という働き方は、今日では企業にとってきわめて使い勝手のいい働かせ方に変質しており、それが雇用の劣化を招いていることは否定のしようもない。

 そうであれば、派遣は常用型を基本とすべきなのであって、日雇い派遣については全面禁止するとともに、その土壌となっている登録型の派遣についても原則禁止するような抜本的な改正が求められていると言えよう。こうしたところまで規制が進むことによって、「労働再規制」への反転が本格的に始まることになる(五十嵐仁著『労働再規制』ちくま新書、2008年)。

 2008年に実施された厚生労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によれば、民間で働く労働者に占める非正社員の割合は37.8%となり、2003年の前回の調査結果を3.2ポイント上回った。なかでも派遣労働者は前回の2.0%から4.7%へと2倍以上に増えており、しかも彼らの過半は他の就業形態で働くことを希望し、その9割は正社員だという(『朝日新聞』2008年11月4日)。

 今年の『労働経済白書』でも、非正社員の増加は「労働者が柔軟な就業形態を求めるようになったから」ではなく、企業による「労務コストの削減のため」であると指摘されてもいる。これらの事実も、先にふれたような雇用の劣化を傍証するものであり、派遣法の抜本的な改正が急務であることを示しているのではあるまいか。

 学生たちのなかにもアルバイトで日雇い派遣を体験したことのある者が少なくない。名前の代わりに番号で呼ばれるような労働の世界においては、「働きがい」などが生まれようもなく「人生」などを語りようもないことぐらいは、彼らも体験的に知っている。そうした世界が原則禁止されるという新聞記事にさえも彼らは少々驚いていたが、それが全面禁止となったり、EUでのように派遣労働者にも均等待遇が保障されるようになれば(『しんぶん赤旗』2008年10月24日)、その驚きはさらに広がり、「世論」や「運動」が社会を変えうるという私にはクラシックではあるが彼らには新鮮な認識を、もしかしたらもたらしうるかもしれない。

 そうした認識こそが、「しかたがない」と「がんばる」だけの閉塞した若者たちの世界を動かし、彼らの社会に対する信頼を回復させていくのではなかろうか。「学ぶ」ことと「発言する」ことの復権である。教員としての私が「労働再規制」に密かな期待を寄せる所以である。