春惜しむ季節を歩く(続)

「春惜しむ季節を歩く」と題した投稿の続きである。前回は3月に行われたウオーキングの話を載せたが、今回は4月の話である。企画の名称は、「つつじの等覚院と東高根森林公園」となっていた。等覚院を訪ねるのは初めてだし、東高根森林公園には大分昔に出掛けたことがあるのだが、もう何もかもすっかり忘れてしまっている。初めて行くようなものである。

集合場所は東急田園都市線の梶が谷駅であった。この駅も、仕事をしていた頃は毎週のように通過していたが、降りたのは今回が初めてである。改札口の前は直ぐに道路で、隣にはバスの発着所があったが、そこは駅前広場と言えるようなものではない。駅前に広場があるような駅の方が珍しいのかもしれない。

駅の近辺には立派なマンションが建ち並び、駅前の店もどことなくオシャレな感じがした。少し早く駅に着いたので、その後乗ることになる向ヶ丘遊園南口行きのバス乗り場で、停留所の名前をぼんやりと眺めていた。そうしたら、妙に気になるバス停の名称がいくつか目に留まった。

我々が下車するバス停は神木不動(「しんぼく」ではなく「しぼく」と読む)だったが、途中には「しばられ松」、先には五所塚や雪が坂といった何となくいわれのありそうな名称のバス停が並んでいた。ここでは一つ一つ触れるわけにはいかないが、ネットで検索してみると、それぞれの名称の由来がわかる。

その中でも特に気になるのは「しばられ松」であろう。生い茂る松の異様な樹勢に植樹の由来を重ねて、近在の人々は霊験あらたかなる「聖松」と崇めたらしい。そして人々は、子供が百日咳に罹ると、素縄を左に編んで「聖松」に縛って治癒の願をかけ、治ると右縄を編み幹に縛り直して願ほどきをしたのだという。今はその松は根元しか残っていないようだが、こうした名称を残す地元の人々に私は密かに好感を抱いた。

では神木はどうだろう。こちらも調べればそのいわれは直ぐに分かる。我々の最初の目的地は等覚院だった。この寺の山号は神木山、寺号は長徳寺と言うのだが、その山号となった神木山のいわれは、この寺の縁起によると日本武尊尊にまで遡るらしい。だが、こうした言い伝えなどは勿論いい加減なものであろう(笑)。

そうした縁起などに頼らなくても、等覚院は実に立派で美しい寺だった。山門も見事だったし、周りの躑躅(つつじ)も素晴らしい。この寺には2,000本もの躑躅が植えられているとのことなので、通称つつじ寺と呼ばれているらしい。それもむべなるかなである。我々の出掛けた日は陽春の候に恵まれ、汗ばむほどだった。今年の春は早かったと見えて、躑躅は盛りを少し過ぎていたようだが、それでも見事な躑躅が我々を迎えてくれた。

階段を上り本堂に向かったが、寺全体にきちんと手が行き届いており、清浄な感じも漂っていて私には申し分ない。本堂に上がったら、左手に大きな不動明王があり、これもなかなか見応えがあった。寺の近辺をしばらく散策して、その後近くにある東高根森林公園に向かった。

この東高根森林公園は神奈川の県立公園で、入口にあるパークセンターで手にしたパンフレットによると、「川崎市のほぼ中央に位置し、多摩丘陵の美しく豊かな自然を今に伝える川崎市内唯一の県立都市公園」であり、「園内には県指定天然記念物のシラカシ林や県指定史跡の東高根遺跡を有し、湿生植物園や古代植物園、開放的な芝生広場、さらには里山風景に出会えるクヌギ・コナラ林」などがあるとのことである。

園内にあった「かながわの景勝50選」の碑の前で自由行動となり、昼食時間も兼ねてそれぞれが目的地に向かった。園内は緑一色で、至る所が新緑に溢れていた。光る緑、輝く緑、眩しい緑、煌めく緑が続く。さすがに森林公園と言うだけのことはある。園内には親子連れが楽しめるように4つほどの広場も設けられていた。

しかしながら、そうした場所は子供が遊び回る声がしたり、簡易のテントが張られていたりして、私のような年寄りが寛げるようなところではない。広場にあるような楽しそうな時間は、とうの昔に私の周りから消え去っている。勿論そのことを嘆いたりするわけでもない。当然の成り行きだろうと思っているだけなのだが…。

そうした場違いの場所から離れ、静かで落ち着きのあるところを探し歩いた。この公園で気に入ったのは、湿生植物園とシラカシ(白樫)林である。周りを眺めながら木でできた桟道を歩いたり、シラカシ林の中に設けられた木の階段を歩いたりした。一人緑に包まれていると、身体の中まで清々しさが満ち渡っていく。

私のことだから、シラカシのことなど何も知らない。園内の案内板によると、ここの「シラカシ林は、むかし関東地方の土地の厚い大地や、丘陵を広く蔽っていた本物のふるさとの森」なのだという。林の中にいると、汗ばむような陽気をすっかり忘れる。別世界である。

植物園の林の中にはテーブルと椅子がぽつんと置いてあり、そこに腰を下ろして一人でゆっくりと昼食をとった。電車に乗る前に買った少し値段の高い弁当だけあって、いつになく美味だった(笑)。周りにはいつもよりも贅沢な時間が流れていた。

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