「芸術の秋」雑感2020(一)

 去年の今頃も、「『芸術の秋』雑感」と題してあちこちに鑑賞に出掛けた話を綴ったので、今年もまた似たような話を何回かに分けて投稿することにした。と言うのも、9月から11月にかけて、去年と同じようにあるいはそれ以上に出歩いたからである。こうした振る舞いは、言ってみれば不要不急の外出ということになるのであろうが、何となく人生そのものが不要不急の出来事から成り立っているような気がしないでもない。勿論ながら、人混みには行かないように気は付けてはいる。実際、出掛けた先は一箇所を除いてみな閑散としていた。

 この秋も沢山のところに出掛けたのは、ごく広い意味で作品を見るのが好きだということもあるし、運動不足を解消するために散歩かたがたのこともあるし、出掛けたついでの飲み食いを愉しみにしていたこともある。さらには、このブログに投稿するための材料探しということもある。もしかしたら、最後の理由が一番大きいのかもしれない(笑)。元気であれば、来年以降も同じタイトルで投稿してみようかと思っている。そんな思惑もあって2020と入れておいた。

 ところで、今何の気なしに「芸術の秋」と書いたが、では何故芸術は秋なのであろうか。手元の辞書にはこんな解説がある。「暑さの厳しい夏を過ごして、さわやかな秋になると人々の活力も回復し種々な面での活動も盛んになる。それを表現して『芸術の秋』『読書の秋』『食欲の秋』『実(稔)りの秋』『スポーツの秋』などといわれる。また、特別重要な時期の意で用いられる『危急存亡の秋』などの場合は『秋』を『とき』と読む」。

 読んでいて私が気になったのは、最後の一行である。秋は「特別重要な時期の意」でも用いられているのである。何故そこに秋の文字をあてるのであろうか。ぼんやり考えているうちに、それは「実りの秋」と深い関係があるのかもしれないという気がしてきた。秋にはいろいろなものが実るので、それが「食欲の秋」をもたらしている。しかしながら、もっとも大事なことは、日本人の主食である米が実り収穫される季節が秋だということだろう。だから、特別重要な季節として意識されているに違いない。

 同じように、さまざまな芸術作品も秋に実るのである。秋は、夏の暑さも和らぎまだ冬の寒さにも遠いので、芸術鑑賞に出掛けるのに好都合だということは勿論あるだろう。それは鑑賞する側の都合である。しかしながら、制作者の側からすれば、「実りの秋」という感覚がきっとあるに違いない。これまでの努力や苦労が秋に実を結ぶのである。そんなわけで、秋にはさまざまな催しが目白押しとなるのではなかろうか。

 この秋、どんなところに何を鑑賞しに出掛けたのか、まずはすべて書き出してみよう。10月中旬には、青葉台駅のすぐ側にあるフィリアホールで催された演奏会に出掛けた。家人の昔の教え子である高橋さんがチェロの奏者となったこともあって、毎年演奏会の案内状が届くからである。彼女は、「デュエッティモ」というピアノ、ヴァイオリン、チェロの3人からなるグループの一員である。

 また、下旬にはセンター北にある横浜市歴史博物館で催されていた「緒形拳とその時代」を見に行った。比較的地味な歴史博物館にしては、これまでにない異色の企画だったからである。彼が出演していた映画『砂の器』の紹介文を書いていた所為もあったかもしれない。しかしながら、『砂の器』に関しては署名入りのパンフレットが置いてあっただけだった。

 11月に入って、まずは伊勢佐木町にあるシネマリンという映画館に『時の行路』を見に出掛けた。知り合いから協力券を既に購入していたので、観に行ったわけである。非正社員の解雇を引き金にした労働争議を描いた異色の作品だったので、是非見たいと思っていた。裁判にも負け妻も亡くなるという結末が、この映画を引き締め味わいを深くしていたようにも思われた。

 続いて、家人の元同僚で美術の教師だった河東さんから案内状をもらったので、横浜駅近くの画廊で開かれた作品展に出掛けた。横浜在住の多摩美大の卒業生たちが開いている展覧会である。こちらも毎年案内状が届ので、このところ欠かさず顔を出している。義理で出掛けているのではない。行くと意外に興味深い作品に出会えるのである。

 その翌日には、水彩画の作品展を見にみなとみらい駅のサブウェイギャラリーに出掛けた。同じ団地に住む知り合いの江幡さんが、作品を出品していたからである。ここには去年も別な展覧会で顔を出したことがある。彼が水彩画を描いていることは知っていたが、見たのは初めてである。こんな状況なので見学者が少ないとのことだったが、私からすれば江幡さんから興味深い話を聞を聞くことが出来たのは幸いだった。

 更にその翌日には、小僧一人を連れて青葉公会堂に落語を聞きに行った。何事も経験かと思い連れて行ったのだが、年寄りに長々と付き合わされて、本人はいい迷惑だったかもしれない(笑)。子供など誰もいなかったので、やけに異色の存在だった。落語はどうもよく分からなかったらしいが、漫才や三味線漫談は少しは分かったらしい。まあ、健気と言えば健気か(笑)。

 その二日後、今度は横浜美術館に出掛けた。先の河東さんの絵を見に行った際に、横浜美術館で3館(横浜、愛知、富山)に収蔵されている20世紀西洋美術のコレクションが展示されていることを知ったからである。名品が一堂に展示されているようであったので、ミーハーの私は多いに刺激されたというわけである。

 その翌日には、今度は鴨居駅の側にあるららぽーとに出掛けて、映画『スパイの妻』を観てきた。この映画が、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞していたからである。こちらもミーハー気分であった。ゆったりとした座席で音響効果のいい大画面を眺めるのは、自宅でのテレビとは大違いであった。

 随分と立て続けにあちこちに出掛けたものである。いったん出掛け始めると、近場であれば毎日出掛けてもそれほど苦にはならない。久し振りに秋晴れのいい天気が続いたことも、外出気分にさせたかもしれない。しかし、その背景にはもっと大きな問題もあった。カジノ問題での住民投票条例を求める署名活動が11月4日に終わり、13日には区の選挙管理委員会に1万筆(横浜市全体では20万筆)を超える署名簿を提出できたからである。ようやく気持にゆとりが出来たのである。

 たいへん大きな成果をあげて一息つくことができて、私も嬉しかった。もっとも、戦いはこれで終わりではなくまだまだ続くと語りたがる正論の人も多いのだが、年寄りの私はあまりそうは思わない。一息入れるべき時に入れなければ、運動の活力は維持できないなどと勝手に思っているからである。「忙中閑あり」である。本心は、「閑中忙あり」ぐらいでいきたいのだが、なかなかそうもいかない(笑)。林市長も罪深い人である。罪深いと言えば、市長は財政難の解消のためのカジノだとも言っていたはずだが、そんな横浜市がやけに立派なオペラハウスを造るのだという。いったい何を考えているのであろうか。
   
 出掛けるべきところがあと一つ残っている。月末に催される鶴見厚子さんの個展である。これも今から楽しみである。鶴見さんの絵については、このブログでも「『夢』を描く画家のこと」と題して投稿しているので、もしかしたら読まれた方もおられるかもしれない。ここに顔を出せば今年の私の「芸術の秋」は終わり、すぐに師走に入る。日記風に出掛けた記録を紹介してきたが、次回からはそこで感じたことを気儘に綴ってみることにしたい。雑感と言うからには、そのぐらいのことは書かねばなるまい(笑)。