『ポポラーレ』雑感

このところ三回に渡って、満蒙開拓に関する話を書き続けてきた。テーマ自体が大きいしまた重い内容のために、一回当たりの分量がかなりの長さになってしまった。ブログを読まされる方は、たまったものではなかったろう。 しかしながら、そうであれば読まなければいいだけの話だから、別にどうということはないとも言えなくはない。だが、読者を無視してこんなに長い文章を勝手に綴っていたのでは、ブログとしての意味がない。

  なぜこんなにも長くなってしまったのかと言えば、文章を綴っているうちに、いつも書いている旅日記とは別に、この部分だけを独立させて一つの読み物にしてみたいと思い始めたからである。今後さらに付け加えておきたい資料などもあるので、少し時間をかけてのんびりと仕上げるつもりである。そんなわけで、ブログは今回からいつものスタイルに戻すことにした。これまで以上に気楽に書くつもりなので、さらりと読んでいただければ幸いである。

 梅雨が明けてからひどい暑さになった。私が住んでいる横浜はまだ酷暑日には至っていないが、猛暑日はもはや当たり前といった毎日である。加えて熊本では大きな地震が発生し、多数の人命も失われた。世界各地の戦争も収まらないし、心塞ぐような酷い事件や事故も数多い。食料品の値上げも続いている。実にうんざりするような日々である。この世界は、ろくでもないことで埋め尽くされているようにも見える。

 そんな時だからこそ、心が温まり、気持ちが穏やかになり、気分が上向くようなことをあえて意識的に見付けて、ブログに綴ってみたくなってきた。怒りだけ、批判だけ、正論だけのあまりにも生真面目過ぎる議論に、いささか疲れたとでも言おうか。これは年寄りの本音である。こんなふうに書くと、一見現実から逃避した不謹慎な態度のように見えなくもないのだが、そう見えたとしてもやむを得なかろう。

 私が住む団地には、『ポポラーレ』といったなかなか洒落た名前の団地新聞がある。ポポラーレはイタリア語であり、その意味は英語で言うポピュラーと同じである。この新聞が、人気が出て多くの団地の住民に愛されるようになればとの思いで、名付けられたのである。新聞の大きさはA3の裏表で、年に4回春夏秋冬の季節ごとに発行されている。すべて手作りでであり、費用も有志の募金で賄っている。年に4回の新聞とはいえ苦労も絶えない。最も大きな苦労と言えば、やはり原稿がなかなか集まらないことであろう。

 私は創刊当初からこの団地新聞に関わってきた。現在は会計を担当するとともに、原稿が不足して紙面に空白が生まれそうな時に、穴埋めのための文章を綴る役目を担っている。言ってみれば常駐の助っ人のようなものか。編集長のYさんから字数の指示があると、それに合わせて何か書く。必要がなければ何も書かなくていいはずなのだが、どうしても毎号のように穴埋め原稿が必要になる。これまでにはかなり長いものを書かねばならない時もあった。最新号は先月の7月末に出た23号だが、この時のYさんの指示は600字程度とのことであった。そんなわけで以下のような文章を綴った。

 今日も最高気温は35度だということだから、すでに猛暑日である。もうすぐ足場も撤去されるとのことなので、大規模修繕工事も終わりが見えてきた。部屋のサッシもすべて立派なものに取り換えられたので、エアコンの効きも大分よくなったように思う。騒音もすっかり遮断された。そんなわけで、心なしか仕事もはかどるようになった気がするのだが、パソコンの前に座っているだけではどうしても飽きが来る。時折カメラを片手に散歩に出たりするのだが、たまには知り合いと酒を酌み交わしたくもなる。先月の6月末に、第4回目となる「ポポラーレ交流会」が開催されることになった。退屈しのぎに喜んで参加させてもらうことにした。

 『ポポラーレ』は年に4回季節ごとに発刊されている団地の新聞である。印刷費用も含めて、すべて手弁当で作成されている。あえてわざわざこんなことを書いたのは、知らない人がいたからである。この新聞に記事を書いてくれる人がいる、いつも丁寧に読んでくれる人がいる、そして募金によって支えてくれる人がいる。そんな人々がたまに顔を合わせるのも悪くはない。当日は男女半々で10人ほどの人々が集まった。「気心」の知れた人と「飲み食い」しながら「雑談」を交わす、この三つの要素がうまく揃うと、楽しみは確実に倍加する。そんなこんなで夜遅くまで話が弾んだ。これからは、毎号『ポポラーレ』が発刊されるたびに交流会を開催するのも面白いのかもしれない。

 そしてまた、毎号編集後記を書くのも私の仕事である。こちらは200から300字程度なので気が楽である。今回は以下のような文章を書いてみた。話の中身からすると、こちらの方を新聞の記事にした方がよかったかもしれない。冒頭で述べたような、心が温まり、気持ちが穏やかになり、気分が上向くような内容だったからである。知り合いにも送ったところ、とても喜んでもらうことができた。面白いことをあれこれと探しながら、街歩きや散歩、人間観察をするのも悪くはない。

 先日用事があってセンター南のデパートに出掛けた。七夕近くだったこともあって、通りには多くの短冊が飾られていた。どんな願い事が書かれているのか興味が沸いて、しばらく立ち止まっていくつか読んでみた。そこで驚いたことがあった。あるいは嬉しくなったことと言った方がいいのか。ある短冊に「お父さんの転院先が良い病院で、回復してまた家で暮らせますように」とあった。そうしたら、その隣の短冊に、矢印付きで「となりの人の願いが叶いますように。元気になれー!」とあった。このようなことを書く人の心映えの美しさに、深く感じるものがあった。「ろくでもない世界」に射した一条の光である。団地の皆様方の、『ポポラーレ』に対する変わらぬご支援を願っている。