早春の南信州紀行(五)-日々茶寮「連」と青魚の句-

 大鹿村を離れて次に向かったのは、日日茶寮「連」である。茶寮とは、茶道に根差した和の趣のある飲食施設のことを言うようだから、静かで落ち着いた雰囲気を大事にしている店だと言いたいのであろう。日日は「ひび」ではなく「にちにち」と読ませる。毎日毎日がかけがいのない日であるとの思いなのか。そう言えば、「『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」と言う副題の付いた本に森下典子の『日日是好日』(新潮文庫、2008年)がある。これも当然のことだが「にちにち」と読む。まったくの余談になるが、この本の解説を噺家の柳家小三治が書いている。その惚れ込み振りがあまりにもストレート過ぎて、今時何とも珍しい解説ではあった。

 そんな話はともかく、大事なのはわれわれが昼食を摂った日日茶寮「連」である。相変わらずうっとりするような美味しい会席料理であった。相変わらずと書いたのは、以前この店が藤沢にあった頃に数度、現在の伊那の高遠に移ってからも二度ほど顔を出したことがあったからである。私は食に対するこだわりなどは少ない方なので、グルメでも何でもない。だからなのか、「連」で食事をする時は何時も美味しいと思う。これぐらい美味しければ、店の敷居が高くなってもおかしくはないが、そうはならないところが「連」のいいところなのであろう。そこには、この店を経営するご夫婦の人柄の良さが現れているに違いない。

 亡くなった私の友人に多辺田雅弘という男がいた。専修大学経済学部の同僚で環境経済論を担当していた。私には上手く解説することなどできないが、コモンズ論やエントロピー経済学に関する先駆的な業績で世に知られた研究者だった。その彼の娘さんが、料理人の樋田さんと結婚して開いたのが「連」である。そんな繋がりがあったので、開店の日にも何人かの知り合いと一緒にお祝いかたがた駆けつけた。今では懐かしい想い出である。同席した多辺田さんも嬉しそうだった。「連」で食事をしながら、そんな昔のことをぼんやりと思い出していた。

 この店の紹介は、私などがあれこれと書くよりも「最高コスパの 隠れミシュラン一つ星店」というタイトルの付いた、以下のような口コミを読んでもらう方がわかりやすかろう。「かつて神奈川県鎌倉市で、ミシュラン一つ星を獲った店。ミシュラン一つ星を獲ったせいで、忙しくなりすぎ、なるべく客が来ない場所を探したのだと言います。店主夫妻が見つけた交通不便な場所だけあり、伊那インターからも、茅野インターからも、車で30分以上かかります。数回おじゃましましたが、一つ星レベルの料理(会席ランチ) が、わずか ¥4,400 でいただけます。私の少ない経験では、ミシュラン一つ星を獲った会席店では、最低でも ¥5,500 します。まさに、日本一値打ちなミシュラン一つ星店でしょう。新鮮な魚は、鎌倉から取り寄せているとのこと。すべての品がすばらしい味で、いっしょに行った息子が、最高コスパの店だと、絶賛していました。デザートも、ほとんどの菓子店の味をしのぐもので、驚き以外の何者でもありません。予約のみの店です、当たり前かな」。

 ところで多辺田さんは、体調がすぐれないこともあって定年をかなり前にして大学を去った。2003年のことである。それ以降学内で顔を合わせることはなくなったわけだが、お互いに懐かしく思って、時折町田や橋本などで会い雑談を交わした。彼は酒を飲めなくなっていたので、飲むのはコーヒーだけだったが、一杯時には二杯のコーヒーで男の話がいつまでも尽きないのが不思議と言えば不思議だった。今にして思えば、座談の名手とは彼のような人物を言うのかもしれない。

 世の中の話や研究の話などはほどほどにして、そのころ彼が熱中していた俳句や陶芸の話、それにお互いに嫌いではなかった女性の話もよくした。彼はある句会にも入っていたので、たまにそこで詠んだ句が送られてきた。俳号を青魚(せいぎょ)と称していた。鯖(さば)の字を分解して青と魚にし、「鯖を読む」という慣用句を俳句を詠むにかけたとのことだった。送られてきたたくさんの句の中から私が面白いと思ったものを、「青魚秀句10選」などと称して冷やかし半分で選んだりもした。例えば以下がそれである。

●「のし餅の ぶっきら棒に 切られおり」/ 正月はいかにも華やいだ時節なのに、そこに何とはなしに違和感を感じざるをえない自分がいる。我が身はぶっきら棒に切られている餅のようでもあるのだろう。正月の醸し出しているもう一つの側面を鋭くえぐり出している。

●「桑植うる 紡ぎ織りなす 夢あらば」/ 青魚には珍しくとても綺麗な句のようでもある。昔自分もいろんな「夢」を描いていたなあと懐かしくなり、素直な気持ちになれる。桑-蚕-絹ときて「紡ぎ織りなす」とつながるのか。今となっては「夢」は「夢」のままに終わったのかもしれないが、その方が味わいは深い。

●「花散りて 我に帰りし 野山かな」/ 一時の色とりどりの花に充ちあふれた季節も終わり、また元の静かな山に戻っていく、そんな情景を「我に帰りし」と表現しているところが何とも秀逸。俗世間の栄達などに流されたままではいられない達観した人生観照の目が、いかにも鋭い。

●「春愁や もの食うときの 親不知」/ 春は明るい季節でもあるが、その明るさにはいささかの愁いが含まれている。明るい春に染まりきれない自分を、「もの食うときの親不知」によって自覚しているのである。心の違和感と身体の違和感をうまくつないでいる。何とも大人の句である。

●「心太(ところてん) つるり可もなく 不可もなく」/ 夏の暑い日にところてんを食べる。あまりにのどごしがよくつるりと入っていく。そこには、可もなく不可もない中年の日常が感じられる。そうした日常を可としているわけでもなく、また不可としているわけでもない。そのまま受け入れざるをえないのである。

●「われにまだ 夢見る力 夏の雲」/ わかりやすい句でありすぎるので、選ぶのにいささか躊躇。しかし、あまりの懐かしさで、どうしても選んでしまう。暑い夏、真っ青な空、力強い入道雲とまさに絵のような句。そんな情景に単純に感動し、我が身を奮い立たせようとしている自分が健気か。

●「梅雨冷や 北のシマエビ 紅点して」/ 梅雨時のちょっとした肌寒さを感じさせる日、シマエビを店先ででも見たのであろうか。ほのかな紅が暗くよどみがちな気分を少し明るくしてくれる。ほっとした気持ちがよく表現されている。明るいもののなかにも暗いもののなかにも染まりきれない複雑な自分。

●「北風や 言い訳許す はずもなく」/ 冷たく強い北風が吹いている。その冷たさや強さを「言い訳許すはずもなく」と表現しているのが並ではない。言い訳をしたくもある自分であるが、そんなことは許されないのだとあえて言い聞かせてもいるようだ。そんな人が僕は好きである。

●「冬葱や 意外と甘き 私生活」/ 長く伸びた真っ白な冬の葱。その凛とした姿に甘さはいささかも感じられない。なのに、すき焼きの鍋にでも入れてみれば、とても甘く旨い。そのズレを「甘き私生活」と冷やかして楽しんでいる。作者の感受性に奥行きの深さが感じられてとてもいい。

●「年流れ 埴谷全集 店ざらし」/ 今の若い人はもう誰も読まなくなったであろう埴谷雄高全集が、御茶ノ水の古本屋で店ざらしに。そこに時代の変化と長い星霜を感じ、感慨にふけっている。「年流れ」には不満が残るが、こうした感慨は同世代に共通するはず。時代の変化に立ちすくんでいる自分がいる。

 彼の俳句を出しにした二人だけの心地よい遊びである。彼は彼で日頃の鬱屈を晴らしたかったのであろうし、私は私で仕事上のストレスを解消したかったのであろう。だがそれにしても、何と愉しい時間であったことか。彼に句集を作るように何度か勧めたこともあったが、まるで関心を示さなかった。句会での一瞬一瞬がすべてだと言いたかったのかもしれない。まさに「日日是好日」を地で行くような生き方である。私のような俗物にはとても真似できない。彼が亡くなって間もない頃、知り合いのkさんの運転で「連」まで連れて行ってもらったことがある。帰宅してから次のような手紙を書いた。

 多辺田さんが亡くなられてから4か月近くたちますが、今頃の方がきっと寂しさが募ってくるものなのではないでしょうか。牧子さんやご主人と一緒に仕事をされておられたこともあって、裕子さんも一見お元気そうに見えましたが、たぶんそれは傍目からの表面的な印象に過ぎないものでしょう。たとえ少しずつではあっても、時間が皆様の悲しみを癒してくれることを心から願っております。どうかくれぐれもお身体ご自愛くださいますように。お約束しました小生の文章を同封させていただきました。彼のあの句は、当初から印象深いものでしたが、彼の死が春だったこともあって、忘れようにも忘れられない句となりました。そこで私もついでに一句。早春に逝った彼のことを思い浮かべながら詠んでみました。彼にみせたら、「相変わらず下手だなあ」と笑うでしょうね。/「連」出でて 聲ばかり聞く 春の蝉 

 2003年3月の『専修経済学論集』に、定年で退職されるお二人の教員に対する献辞を書いた。その最後で、退職される多辺田さんにも一言触れてみた。上記の手紙に出てくる約束した「小生の文章」とは、その一文のことである。そんなことをするのは異例なのかもしれないとは思ったが、どうしても彼のことに関して一言触れたかった。以下がその文章である。

 またこの同じ時期に、『環境経済論』や『地球環境問題』を担当してきた多辺田政弘教授も専修大学を去る。体調が思わしくなく、納得できる授業を続けることが難しくなったためである。多辺田教授とは、ほぼ同世代であり、ひところ飲んで騒いだ仲なので、寂しさは思いのほか募る。今後は、懸案の著作をまとめ、陶芸や俳句に加えて料理にまで「芸域」を広げたいとのことである(魯山人にでもなろうというのか?)。多辺田政弘には、金はなくとも「自分に従った」生き方がよく似合っている、そう思ってわが身を納得させるしかないのだろう。/ 私の好きな彼の春の一句。そういえば 春になくした ものばかり 青 魚