三年目の「敬徳書院」雑感

  ネット上に「敬徳書院」という名の自分かつ一人出版社を立ち上げ(つまり、「敬徳書院」のホームページを公開し)、そこに設けた「店主のつぶやき」と題するブログ欄に、初めて雑文を投稿したのは2018年8月21日のことである。今日は8月20日だから、あれからまる3年が経過したことになる。この間それほどの起伏もない比較的淡々とした日常を過ごしてきたので、まだ3年しか経っていないと言うべきなのか、それとももう3年も経ったと言うべきなのか、どうも判然としない。まあどちらにでも取れるからなのではあろうが…。

 そのうちブログのネタも切れるかもしれないといった心配も、当初無くはなかったが、それも杞憂に終わった。3年も経過すると、自分なりのサイクルができ上がり、このまま継続して行けそうな気がしてきたからである。のんびりと雑文を綴っていくのであれば、それほど苦にはならない。自分の性に合っているのである。老後の道楽であると公言かつ広言しているのだから、性に合っていて当然ではあるのだが…。

 ブログを書き続けることはできそうだが、ではいったいどれ程の人が覗きに来てくれるのであろうか。正直に吐露すれば、小心者の私がいつも気になっていたのはこちらの方である(笑)。誰も覗きに来てくれなくてもまったく構わないなどと格好良く言いたいのはやまやまだが、そこまでの境地にはなかなか達することができない。情けない話ではあるが、それが実情なのだから仕方がなかろう。できたら多くの人に覗いてもらいたいものだなどと、いつまでも夢想し続けているのである。それもまた俗臭と言うべきであろうか(笑)。

 俗臭をふんぷんとさせていることなどは論外であろうが、それを断ち切って脱臭し、消臭し、無臭にすることはかなり難しい。言ったり書いたりするだけであれば簡単だが、身をもって示すとなると並大抵のことではない。無理に俗臭をすべて断ち切ろうとすると我が身を苦しめることになり、それが新たな俗臭を生む一因になることさえありうる。さらりとかわして、減臭ぐらいにしておいた方が無難なのかもしれない。

 そんなわけだから、私としては世俗の事柄に関してはできるだけ身を遠ざけていたいのだが、これもなかなかうまくいかない。家族からも「説教」臭さを批判されることがよくある(つい最近も下の娘からそう言われた-笑)。自分なりの生きる構えを大事にしているものだから、ついついああだこうだと言いたくなってくるのであろう。その「拘り」が「強ばり」になってしまい、俗臭を生んでいるに違いない。自省も内省もなき年寄りの放つ典型的な俗臭である。

 ところで、ブログの閲覧者の人数であるが、この機会に正確に調べてみた。そうしたら、新規の閲覧者は1年目(2018年8月21~19年8月20日)が1,263名、2年目(2019年8月21日~2020年8月20日)が1,756名、そして3年目(2020年8月21日~2021年8月20日)が1,561名となった。ブログを始めた当初は、いったいどれ程の人が覗きに来てくれるのだろうと不安に思ったりもしたが、1年目に千名を超えたことが素直に嬉しかった。2年目はおそらくもう頭打ちだろうと思ったりもしたが、案に相違して3千名を越えるところまで達したので、これも想定外の展開だった。

 そこで3年目である。いくら何でも3千名ぐらいが限度だろうと思っていたが、3年目も予想を上回る閲覧者の数となった。現在トータルで4,580名となったので、この様子であれば、来年の春頃には何とか5千名に辿り着けそうな気もしてきた。いかにも自慢たらたらの無邪気な書きっぷりなので、我ながらお笑い草ではあるのだが…(笑)。こんなことを書いているようでは、羞恥心の欠片など探してもどこにも見あたるまい。

 もっとも、閲覧者のほとんどは1回限りの人々であり、何度か閲覧されている方は550名程である。この数字の方がブログの実態に近いと言えるかもしれない。そんな自覚こそが肝要であろう。では、いったいどんな人がブログを覗きに来ているのであろうか。そんなことも知りたいのだが、残念ながらそれはまったく分からない。ごく稀にひょんなことからある人が閲覧者であることが分かったりすることもあったが、そんな事態はまあ滅多にない。夜閑な時などに、あの人は今頃どうしているだろうかとふと思い出して、ネットで検索してみることなどもあるのかもしれない。そんな気分になることが、私にもたまにあるからである。

 ブログの中身に関して言えば、3年目は長く続いた連載が二つあった。ひとつは「『敬徳書院』の扁額のこと」であり、余滴を含めて7回続いた。もう一つは「仲春の加賀・越前・若狭紀行」で、こちらは10回という長期の連載となった。他には、連載というわけではないが、毎月ある年金者組合のウオーキングに出掛けて綴ったものが12回あった。長期の続き物があると、読む方は退屈するのかもしれないが、投稿する側の私にとっては、いつも以上にゆったりとした気分で文章を綴ることができる。

 そんなわけなので、老後の道楽として毎週2,000字から3,000字の間ぐらいで雑文を綴っていくのであれば、これからも愉しみながら続けられそうである。しかも、こうした道楽には意外な副産物があることにも気付いた。例え雑文であろうとも、何かを書こうとすれば、調べ物のために本も広げるし、資料も読むし、ネットで検索もするし、辞書も引く。そして何よりもあちこちに出歩く。それらはすべて、惚け防止にも役立つような気がするのである(笑)。

 3年目の変化としては、ブログに写真や動画を挿入するようになったことがあげられる。写真は2年目の後半から使い始めたが、今では写真だけではなく音楽の動画なども意識的に使うようにしている。そうすることによって、ブログを覗きに来た人に、文字を読むだけではない愉しみを提供できるのではないかと思っているからである。何とも殊勝な心掛けではないか(笑)。当初はデジカメで撮影した写真を使っていたが、最近はスマホで間に合わせるようになった。それほど立派な写真を撮ろうとしているわけではないので、スマホで十分である。出歩くときにも荷物が少なくてすむ。文章を引用する時に役に立つ一太郎Padなどもすっかり使いこなせるようになり、たいへん重宝している。

 この一年、パソコンの使い方が分からなくなって、二度ほど近くのパソコンショップにやっかいになった。私の場合、ブログとメールを使えればそれで十分なので、必要なことしか覚えようとしない。しかしそんな他人任せの態度でいると、何がどうなったのか、何をどうしたいのかをうまく説明することができなくなる。若い女性の店員の方に、「お客さんの言っていることがよく分からないのですが」などと、いささか冷ややかに言われてしまった(笑)。

 もっとも、こちらの姿勢を棚に上げて勝手に言わせてもらえば、店員の方の話も私にはちんぷんかんぷんなのである。最近年金者文化展に顔を出す機会があったが(文化展に出掛けた話は、もうしばらくしたら投稿するつもりである)、そこでの川柳が実に笑えた。「パソコンの修理の応対日本語で」とあった(笑)。浮世離れした暮らしを続けていると、だんだんあちこちで話が通じなくなっていくのかもしれない。

 それが面倒であれば閑居するしかないのだが、小人であっては不善を為すのが関の山だろう。今更田舎暮らしを始めることなどとても無理なので、閑居は心の中だけにしておくつもりである。そんなこんなで、「敬徳書院」のブログも3年を過ぎた。3年目の最後の日すなわち8月20日の朝に、4日ほど飲まず食わずで横たわっていた飼い猫が、眠るように死んだ。そして今日からブログも4年目に入る。季節はすでに晩夏である。新しい気持で、そしてまたこれまで以上にゆったりとした気分で、つれづれなるままにブログに向かうつもりである。