この夏に観た映画から(一)-『花物語』のことなど-
この8月には、映画館に出掛けて3本の映画を見た。録画しておいた映画を家で見たり、家人がビデオ屋からレンタルしてきたDVDなどはよく見るが、私が映画館にまで足を運ぶことは滅多にない。だから1ヶ月の間に三度も映画館に足を運んだのは、珍しいと言えば珍しい出来事である。二本は知り合いの大塚さんが情報を提供してくれ、もう一本は家人から勧められたこともあって、見に行ってきた。年寄りに外に出ることを勧める意味もあってなのか、ある方はなどは家のソファに座って映画を見るのではなく映画館に足を運ぶべきだと語っていたが、もしかしたらそうなのかもしれない。出掛ければあれこれの刺激を受けるし、思いも掛けぬ事態に遭遇する可能性もあるからである。今回もそうだった。
大塚さんは、たんなる知り合いを越えて畏友とでも言うべき人である。その大塚さんから教えてもらったのは、渋谷のシネマヴェーラで上映していた『花物語』(監督・堀川弘通、1989年)と、横浜のジャック&ベティで上映していた『流麻溝(りゅうまこう)十五号』(監督・周美鈴(ゼロ・チョウ)2024年)である。ともにミニシアターと呼ばれるマイナーな映画館で上映されていた。調べてみると、二本とも上映期間が短く上映時間帯も限られていたので、うかうかしていると見逃しそうであった。そこで、まず最初に『花物語』を見てから、翌々日に『流麻溝十五号』を見ることにした。足腰の弱った年寄りにしては、なかなか素早い対応ではある(笑)。
まず『花物語』を見ることにしたのは、この映画の原作が田宮虎彦の『花』(新潮社、1964年)であったからである。ブログでも触れ回っているので、ご存知の方もあろうが、私は田宮さんが好きなのである。『花』が映画化されたことは知っていたが、DVD化もされていないしあれこれ調べてみても見ることはかなわなかった。『足摺岬』や『異母兄弟』や『雲がちぎれる時』はDVD化されていたから、探して購入したし、『銀(しろがね)心中』はAmazonのプライムビデオで見ることが出来た。『雲がちぎれる時』だけは、田宮さんの『赤い椿の花』を新藤兼人が脚色していたが、あとは原作と同じタイトルである。
映画は原作とは違ったジャンルの芸術なので、原作のストーリーをそのまま踏襲する必要はない。違って当然である。映画の『花物語』は、原作の『花』のタイトルを変えていることもあって、原作にはないエピソードがあれこれと盛り込まれている。映画の背景となっているのは、戦時中に食糧増産のために花の栽培が禁止されるに至り、産地としてよく知られた南房総一帯が、一本の花の影さえとどめない土地となったことであり、そうした状況下で花を愛するある女とその家族や息子の恋人の苦悩する姿が、描かれていることである。『花』に描かれているように、「決戦下の非常時に花をつくるのは国賊だ」とされたのである。
映画館に出向いたら、チケット売り場で大塚さん夫妻とばったり顔を合わせた。そんなこともあるのかといたく驚いた。彼の方は、もしかしたら会えるかもしれないと思っていたようだったが…。通路の壁には『花物語』のカタログのコピーが貼ってあったので、カタログも入手しようとしたら、それはないとのこと。しかし、「張ってある物は上映期間が過ぎれば捨てるだけなので、取りに来てくれれば差し上げます」という話だった。物好きな私は、後日暑い最中にわざわざ渋谷までもらいに行き、それをバラバラにして組み立て直して自家製のカタログを作成してみた。私はそんなことをするのが好きなのである。
ところで、何故この映画館で35年も前の映画『花物語』を上映していたのだろうか。それは、「戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭」が2012年から開催されているからである。今回は映画館の支配人の好意で共同開催となり、「家族たちの戦争」という副題も付けられたのだという。映画祭で上映されるその一本に『花物語』が選ばれたということで、私が見に出掛けた二日前には、主演の高橋惠子をゲストにトークショーも行われたようだ。せっかくの機会を逸してしまって、残念なことをした。
ところで、先のカタログに堀川監督が次のようなことを書いている。「シナリオについては、全体に登場人物を少なくしてシンプルに構成、大人の世界、若者の世界、子供の世界という3つの要素を緊密に組み立てました。 子供の明るい面と、夫婦の苦しみながらも葛藤していく面とが対比されながら物語が進行していくので、その意味では大人から子供まで幅広く見て頂けるものに仕上がったと思います。 ”花は心のたべもの”ですが、この映画も同じようにみなさんの”心のたべもの”になるものと思っています」。
私などは、個人的な思いもあって、主人公のハマが花づくりに掛ける彼女の思いを夫の五十次(蟹江敬三)にさらけ出すシーンでは、ハンカチで涙を拭った。見終えた後、強ばってしまった心が浄化されて優しくなったように思われたから、十分に「心のたべもの」となったと言えるだろう。田宮さんの優しい眼差しが、全編に溢れていたようにも思われた。もしかしたら、今時の映画通の人には御涙頂戴の旧い映画だと言われるかもしれない。そう言いたい人には言わせておけばいいのであろう。
ハマを演じた高橋惠子の演技も素晴らしかった。もともと美しい人ではあるが、そのことだけで注目していたわけではない。先のカタログには彼女の一文もあり、「話自体がとってもきれいで、感動的なので、個人的にはたいへん気に入ってます。 ハマの役は土の香りがする役柄ですが、こういう役は以前からぜひやってみたかった役です。(中略) ハマの生き方は当然時代や環境も違うし、今の女性の生き方とは異質なものかもしれませんが、そのやさしさや力強さというものは、現代にも通じるものだし、忘れてほしくありませんね」とある。「やさしさ」と「力強さ」を兼ね備えた「日本女性のすばらしさ」を伝えたかったのであろう。もはや若かりし頃の彼女ではない。
高橋惠子の出演した作品に『次郎物語』(監督・森川時久、1987年)がある。以前NHKのBSプレミアムで放映していたのを録画しておいたので、この機会に見直してみた。彼女は次郎の母親のお民役で出演している。見直すと、以前気付かなかったところで妙に感動することがある。加藤剛演ずる夫の俊亮(しゅんすけ)が久しぶりに帰宅して、お民を脇に置いて寛ぎながら酒を飲む。お民は、いつまでも実家になじめずに反抗的な態度をとり続ける次郎に、ほとほと手を焼いていると夫に愚痴をこぼすのである。
黙って聞いていた俊亮は、自分の団扇でお民の顔をそっと優しく扇いでやる。すると、お民の顔から真剣さが消えてふっと優しい笑顔になるのである。たった一瞬のシーンだというのに、彼女の美しさがあまりにも際立って、何故だか忘れがたい印象が残った。ここにも、「日本女性のすばらしさ」が煌めいていた。映画の主題歌は『男は大きな河になれ~モルダウより~』で、歌っているのはさだまさしである。『次郎物語』は、教養小説と訳されるビルドゥングスロマンであるが、それに相応しい歌詞となっているのではあるまいか。
この歌は、父の俊亮が屋根に上ったまま降りてこない次郎を迎えに行き、そこで歌われている。昔見たときには、その歌詞に何も感じてはいなかったのだが…。父の誰に対しても分け隔てのない潔い生き方や美しかった母の死が、次郎の心を大きく揺り動かし成長させていったに違いなかろう。原作の第一部は、「彼は、『運命』によって影を与えられ、『愛』によって不死の水を注がれ、そして『永遠』に向かって流れて行く人生のすがたを、彼の幼ない知恵の中に、そろそろと刻みはじめていたのである」で終わっている。主題歌とも響き合う結末である。その主題歌には、「嬉しい時は腹から笑え 笑えば嬉しい花が咲く 心を花で埋めて見せろ 女は優しい風になれ」といった歌詞も登場している。映画を見終えた後、大塚さんと二人で溝ノ口まで出て遅めの昼食を摂った。午後に入り暑さは増していたが、二人の間には穏やかな時間が流れていた。
PHOTO ALBUM「裸木」(2024/09/13)
大河の河口にて(1)
大河の河口にて(2)
大河の河口にて(3)
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