春を探しに(上)
年が明けたと思ったら、1月は何ほどのこともなく平穏無事に過ぎて今日ははや2月の11日である。今月は2回祝日があり、一つは今日の「建国記念の日」であり、もう一つは23日の「天皇誕生日」である。自由な時間に関しては、毎日が日曜日、毎日が祝日のような何とも「豪勢」きわまりないな暮らし振りなので、この二つの祝日にはまったく何の関心も湧かない。「建国」だの「天皇」だのときては尚更である。時間はあり余っているのだが、逆に足りないのはお金の方である。近くのスーパーに出向いただけで、毎回お金が飛ぶように消えていく。お足とはよく言ったものである。
余談となるが、先日の総選挙で高市総理率いる自民党が歴史的とも言える大勝利を収めた。こうなったら、公約の実現に関して誰に遠慮することもないであろうから、食料品の消費税を2年間ゼロにするという実に立派かつ喫緊の課題に、直ちに着手してもらいたいものである。彼女は自分の主張を曲げないしかつまたぶれない信念の人のようだから、その実現に大いに期待している。ネット界隈で人間としての慎みも忘れてはしゃぎ回っている人々も、きっと同じ思いなのではあるまいか。スパイ防止法の話や憲法改正の話などは慌てて取り組むようなものではなかろうから、そのあとでゆっくり論議してもらえばいい。
1月の下旬から2月の初めにかけて、冬晴れの気持ちのいい日が続いた。この私は、毎日午前中はブログの文章を綴ったり、写真を整理したり、もらったメールの返事を書いたりして過ごしている。昼は適当に自分で食べ、午後はまったくの自由時間である。この時間帯に、週に2~3回ほどスポーツジムに出掛けるのだが、そうでない時は近所を散歩するか、映画を観るか、本を広げて過ごす。今本を広げてと書いたが、気が向くままあっちこっちの本や資料を手にして読み散らかすだけなので、どうも読書とは書きにくい。それほど熱中して本を読んでいるわけではないからである。
冬晴れの気持ちのいい日に、部屋に籠もって映画を観たり本や資料を広げているのも能がないと思い、この間よく散歩に出掛けた。立春も過ぎたので、春を探しに出掛けるような心持ちであった。格好をつけて言えば「探春」とでもなろうか。春爛漫の季節が到来すれば、探春ではなく踏青(とうせい)となるのであろうが、この季節ではまだそこまではいかない。わずかに咲き出した草花や木々の芽吹きに春の訪れの予兆を感じたいと思ったのである。「木の芽立ち」(このめだち)という表現もある。だから、散歩とは言っても早足で歩いたりはしないし、何歩歩いたのかを計ることもない。のんびりとゆったりした気分で、カメラを片手に気の向くままぶらぶら歩くのである。こうした気分で辺りを眺めながら歩くのが実に愉しい。
そんなわけで、あちこちに探春の散歩に出掛けた。よく行く鴨池公園は勿論のこと、川和町駅の側にある菜の花畑や瑞雲寺、港北ニュータウンの緑道とその側にある心行寺、都筑ふれあいの駅の近くにある葛が谷公園、少し離れた東方公園や近くの農業専用地域(今回初めてこの地域の中にある池辺富士にも登ってみた)などは近場なので、歩いて行った。その後東方天満宮とその隣にある龍雲寺にも行ったが、ここに行くには自転車が必要だった。年寄りなので寒さ対策をして出掛けたが、汗ばんでしまってその必要がないほどだった。
他にも、1駅先のセンター南駅の側にある都筑中央公園や2駅先のセンター北駅の側にある大塚・歳勝土遺跡公園とその隣にある都筑民家園にも出向いた。近隣であと残っているのは、折田不動公園や中川八幡山公園ぐらいか。どこも既に出掛けたことのある場所ばかりだが、季節の移ろいによってさまざまな変化が現れるので、何度行っても飽きることはない。遠くに出掛けることだけが旅ではないということか。こうしたところにはコロナコロナ禍の頃小僧二人を連れてよく出かけたので、当時を思い出して懐かしさを感じながら歩いた。
春の予兆はそこかしこに現れていた。散り始めた椿、満開の梅、芽吹き始めた桜、木蓮の蕾み、それらが本格的な春の到来が間近なことを教えていた。鞄にはいつもカメラを放り込んでいるので、気になるとすぐにカメラを取り出す。このところ実にたくさん写真を撮るようになった。前にも触れたことがあるが、あるプロのカメラマンが書いた本に、写真が上手くなりたかったらたくさん撮ることだと書かれており、そのあまりにも素朴すぎる言葉にいたく共感したからである。写真もそうだが、文章もたくさん書かなければ上手くなりようがない。きっと何事もそうなのであろう。
ところで、「探春」というなかなか美しい言葉だが、中国の宋の時代から使われ始めたらしい。調べてみると、戴益(たいえき)という詩人の詩「探春」がもっとも有名だとのこと。先に詩の意味から紹介してみると、次のようになる。一日中春を尋ねて歩いたものの、春らしい風景を見ることができなかった。杖をつき山野の幾重にも重なる雲を踏み分けたが徒労に終わった。家に帰って何気なく梅の枝を把ってみると、いつの間にか蕾(つぼみ)もふくらんでおり、すでに春の訪れを見せているようであった。こんな内容の詩なのだが、ここに登場する「春は枝頭にあり」といった表現が、なかなかに味わい深い。
尽日(じんじつ)春を尋ねて 春を見ず 杖藜(じょうれい)踏み破る 幾重(いくちょう)の雲 帰り来りて試みに 梅梢(ばいしょう)を把(と)って見れば 春は枝頭(しとう)に在りて 已(すで)に十分
似たようなことは身近にもある。私の住む団地の集会所の側に梅の古木があり、これが毎年かなり早くに咲く。それを観ると春が近いといつも思う。それ故私にとっての探春は、この梅の探梅でもありまたこの梅の観梅でもある。梅は花の美しさよりも香りを愉しむものらしいが、枝を折って顔を近付けてみなければ香りを愉しむことは出来ない。勝手に梅梢を把るわけにもいかないので、ほんのりと柔らかであろう梅の香を想像して見上げるだけである。
そう言えば、私が卒業した県立福島高校の校歌は、「徽章は香りのいみじき梅花」で始まる。いみじきとは並々ならぬという意味である。香りが素晴らしい梅が、徽章としてデザインされていると言いたいのであろう。私の手元に現物は何も残っていないので、その徽章は昔の写真で確認できるだけである。高校時代は校歌の意味など何一つ考えずにただ歌っていただけだったし、心字の池のあたりにあった梅の古木もただぼんやりと眺めていただけだった。あの梅はその後どうなったのであろうか。

