早春の調査旅行へ(上)
年が明けたこの春に、二つの調査旅行に参加させてもらうことにした。一つは社会科学研究所の春期実態調査で、2月の26日から28日にかけての2泊3日の旅である。宿泊地は和歌山市と奈良市である。もう一つは人文科学研究所の総合研究調査で、こちらは3月の11日から13日にかけての2泊3日の旅である。宿泊地はいずれも長野県の飯田市である。昨年の暮れに、二つの研究所から調査旅行への参加の意向を尋ねるメールをもらった。二つの調査旅行の日程がだぶらなければいいのだがと心配していたが、今回は幸いにもそうはならなかった。「毎日が日曜日」のような暮らしを続けているので、気晴らしと写真撮影を兼ねて、両方の調査旅行に喜んで参加させてもらうことにした。
この二つの調査旅行に関してその概要を紹介してみる。まずは社会科学研究所の春期実態調査である。この調査旅行のテーマは「紀州と奈良の産地にみる伝統と革新」とされており、案内文には調査旅行の目的として大要次のようなことが書かれていた。「紀州と奈良の産地の組合や企業を訪問し、歴史を有する産業活動の伝統と革新について考える機会とする。グローバル化や人口減少のもとで日本各地の産地について『縮小』の報を目にすることが増えている。産地は単にマクロな社会経済構造の緩牲者ではなく、各地においてさまざまな興味深い取組みがなされている。そうした現場でのアクターの動きと産地の動態について知見を得たい」。なかなかに興味深い指摘である。
そのうえでの話だが、私の関心はいつもどんなところを巡るのかに向けられている。テーマは興味深くとも、訪問先によっては参加意欲が薄らぐこともたまにはあるからである。紹介されていた旅程は次のようなものであった。「初日はJR新大阪駅に集合して貸切バスにて紀ノ川を越えて和歌山県に移動する。江戸時代からの伝統産地であり重要伝統的建造物群保存地区ともなっている醤油産地の湯浅を訪問する。二日目の午前は、みかん産地である有田を訪問して6次産業化の試みを学ぶ。午後は、和歌山県を東に移動し、高野口町において世界で唯一の総合パイルファブリック(織物と編物)産地の取り組みについて学ぶ、三日目は、奈良市内で伝統産業の展示を見学し、ならまちを散策して「古都」の歴史と現状を観察する」。いかにも興味深そうな訪問先がずらりと並んでいた。
和歌山県に足を踏み入れるのは今回が初めてなので、この私は世間の雑知識以上のものを持ち合わせてはいない。そこでこの機会にあれこれと調べてみたり、地図で旅程をなぞってみたりした。旅に出る前にこんなことをするのが大好きであり、そしてまたむやみやたらに愉しいのである。折角だからと新しい地図帳も買ってみた。その地図帳にたまたま市町村の人口順位の変遷が記されていたので眺めていたら、1898(明治22)年に13位だった和歌山市は、2020(令和2)には上位50位から消えていた。経済成長による人口増からは取り残されているということなのかもしれない。
和歌山で出掛けるところは湯浅、有田それに高野口(こうやぐち)である。まずは湯浅であるが、湯浅というところは日本における醤油発祥の地として知られているとのことで、醤油の醸造によって近世から近代にかけてかなり繁栄したのだという。醤油といえば野田や銚子しか思い浮かばなかった私は、今回初めて湯浅をいう場所を知った。当時は醤油蔵が軒を連ねていたらしい。江戸時代には紀州藩の保護を受けたこともあって醤油が全国に広まっていくのだが、明治以降は千葉県産の醤油に押されて衰退したため、現在は伝統的な製法を守りつつ復興を目指しているとのこと。今でも繁栄した当時の町家や土蔵が建ち並び、特徴的な地割と伝統的な町並みが現存しているようで、重要伝統的建造物群保存地区(略称:重伝建)に指定されている。そんなことを知ったためか、いたく写真心がくすぐられた。
この間頻繁に社会科学研究所や人文科学研究所の調査旅行に顔を出してきたが、その際に佐渡や群馬、富山、島根、岡山などにあった重要伝統的建造物群保存地区(略称:重伝建)を廻ってきた。いずれも落ち着きのある味わい深い場所ばかりだった。そして気に入った写真も撮ることが出来た(本人が勝手にそう思っているだけであるが)。だから訪ねるのが楽しみなのである。和歌山にある伝統的建造物群保存地区はどうもここだけのようだ。徳川の御三家の一つだったのだから、他にも何か残っていそうな気もしたのだが…。
次に有田である。有田のみかんはあまりにも有名なので勿論名前だけは知っていたが、6次産業化の試みなどにはまったく関心がなかった。そもそも6次産業化という言葉自体を初めて聞くような始末である。6次産業化とは、農林漁業(一次産業)の生産者が、加工(二次産業)や販売・サービス(三次産業)までを事業領域を広げ(1×2×3=6)、生産物の付加価値を高めて所得の向上や雇用創出、観光振興などを目指す取り組みのことを言うらしい。農産物の加工品の開発、農家レストラン、体験農園、直売所の運営などが代表的な事例である。そんなことをAIが教えてくれた。
そして高野口(こうやぐち)である。和歌山県橋本市(旧高野口町)を中心とした地域で、高野山参詣の際の玄関口として古くから栄えたところである。現在は「高野口パイル織物」という特殊織物の産地として、よく知られているらしい。そもそも、パイル織物に特化した産地は世界でも高野口しかないとのこと。パイル織物についても何も知らなかったので、こちらも調べてみた。それによれば、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)からなる基生地(ききじ)の片面または両面にパイル(ループ状の糸もしくはそのループ上部をカットした糸)を織り出した織物のことだという。
その歴史を辿ってみると、江戸時代からの綿織物産業の発展を背景にして、明治期に「再織」(さいおり)が考案されてメリヤスなどに使用されるようになり、その後自動車のシートや電車の座面、あるいはソファの張地などへと用途が広がっていったらしい。再織とは、一度織った生地を縦に裁断し、それを横糸として再び織り上げる技法を言うらしい。素人の私には、今ひとつピンとこないのではあるが…。高野口という地名からすると、もしかしたら、ここもまた歴史を感ずることの出来る場所かもしれない。
3日目に出掛ける奈良では、なら工藝館 や酒蔵を見学し、「ならまち」を散策することになっている。なら工藝館のサイトには次のようなことが書かれていた。「シルクロードの東の終着駅として古来から東西文化の交流があった国際文化観光都市奈良は、世界に誇れる日本の文化や伝統産業発祥の地として栄えてきました。そこで、奈良市では古い町並みを今に残す『ならまち』」の保存と活性化を図る『ならまち賑わい構想』の実現に向けて、公共施設の整備をはじめ伝統工芸・文化・芸能の保存並びに発掘・発信等の事業を進めています。なら工藝館は、長い歴史の中で研ぎ澄まされてきた奈良工芸の一層の振興発展を図るために、一、受け継ぐ、二、創作する、三、開放する、この三つを基本理念とした施設です」。奈良の工芸品としてよく知られるのは、筆や墨、漆器や陶器、茶釜、晒、一刀彫りなどである。
酒蔵を見学するのは今西清兵衛(いまにしせいべい)商店である。この商店は1884(明治17)年創業の老舗の酒蔵で、春日の神鹿伝説に由来する酒銘を持ち、世界各国に輸出されているのだという。「米を磨く・水を磨く・技を磨く・心を磨く」の理念を掲げ、厳選された原料米と高い技術で、香り高くキレの良い酒を醸造しているとのこと。創業家は300年近く春日大社の神人(かみびと)として酒造りに携わってきた家系で、伝統と先進技術を融合させ、奈良の「南都諸白」(なんともろはく)の伝統を受け継いでいるとのこと。「南都諸白」とは、安土桃山時代から江戸の中期にかけて最上質の清酒として名声を保った、奈良流の酒の総称である。
そして最後に「ならまち」での散策である。どんなところなのか。「ならまち」とは、奈良市の中央部、世界遺産の元興寺(がんごうじ)旧境内を中心としたエリアの通称で、江戸時代から明治時代にかけての古い町家が数多く残った、情緒ある歴史的な街並みを指すとのこと。戦火を免れたため、平城京の外京として発展した名残や、格子窓・瓦屋根の建物が並び、現在は古民家を改装したカフェ、雑貨店、飲食店などが点在する人気の観光地となっているのだという。そんな紹介文を読むと、早春のそぞろ歩きには最適な場所のような気がしてきた。きっと勝手な思い込みではあろうが…。

