- 満蒙開拓団のこと(三)-絶望の逃避行から戦後開拓へ-
1932年に建国した満州国は1945年には崩壊したので、わずか13年しか存在しなかったことになる。満蒙開拓団もまた、この傀儡国家と同じ運命をたどった。精鋭部隊と自画自賛していた関東軍であったが、戦争末期には戦局の悪化に […]
- 満蒙開拓団のこと(二)-満蒙「開拓」の現実とは-
では満蒙開拓団の名称に示されたその「開拓」とは、いったいどのようなものだったのであろうか。その実態を探ってみよう。日本全国から約800の開拓団が満州に渡ったが、その多くは北満の中心都市であったハルビンよりもさらに北の地 […]
- 満蒙開拓団のこと(一)-虚構の「満州国」と移民の波-
今回からいよいよ本題の満蒙開拓をめぐる話である。 調査旅行の二日目の午後に訪ねた「満蒙開拓平和記念館」の概要については、既にブログで紹介済みなので、ここで改めて触れることはしない。正直に告白すれば、私はこれまで満蒙開拓 […]
- 早春の南信州紀行(完)-日々茶寮「連」と青魚の句-
大鹿村を離れて次に向かったのは、日日茶寮「連」である。茶寮とは、茶道に根差した和の趣のある飲食施設のことを言うようだから、静かで落ち着いた雰囲気を大事にしている店だと言いたいのであろう。日日は「ひび」ではなく「にちにち […]
- 早春の南信州紀行(四)-大鹿村からの眺め-
夕暮れ近くに馬籠宿を離れたわれわれは、前日泊まった飯田のホテルに向かった。連泊すると、旅の気分も何やら落ち着いて感じられる。馬籠宿は飯田の西に位置していたが、翌日出掛けたのは今度は飯田の東にある大鹿村である。この村は人 […]